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16th
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イスラム教というのは、宗教というよりも、
むしろ生き方そのものととらえるべきものかもしれない。
断食にしろ、日に五度の礼拝にしろ、
アッラーと向き合いながら彼らは自分自身と向き合っているとも
言えるのではないだろうか。

あのとき彼は、右手の人差し指を高くたかく伸ばして天をさしていた。
死後の世界で神の審判を受けるときに、
その人差し指が生涯祈りを続けてきたことを証明してくれるのです、とサイードは言った。
それほどまでに禁欲的な、愛を尊ぶ宗教なのに、
どうしてしばしば誤解されてしまうのだろう。
どうしてその名のもとに人々がぶつかり合ったり、
時に殺し合ってしまったりするのだろう。
もちろんそれは、何もイスラム教に限ったことではないのだけれど。

村井 由佳 「遥かなる水の音」